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8月23日が白虎隊の日の理由は?会津若松の記念館のさざえ堂もオススメ観光スポット

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日本の歴史好きの中で、特に人気があるのは戦国時代と幕末でしょうか。NHKで放送されている大河ドラマも、これらの時代を舞台にした作品が多いです。

ただ、残念ながら、幕末を舞台にしたものは何故か視聴率が低くなる傾向にあるようで、2013年に放送された『八重の桜』、2015年の『花燃ゆ』など、歴代ワースト10に入るのだそう。

幕末好きの私としては、ちょっと寂しい結果ではあるのですが、まぁ、視聴率が低いからと言って、ドラマ自体が面白くないというではない…(と思いたい)ですよね。

さて、今回は、その幕末に起こった戊辰戦争の悲劇として伝えられている白虎隊の日についてご紹介します。

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8月23日が白虎隊の日になった理由は?

まず、8月23日がどうして「白虎隊の日」とされたのかについて。

それは、1868年のこの日、戊辰戦争の最中、会津藩が組織した白虎隊が飯盛山(いいもりやま)で自刃したことが由来となっています。

このとき、20名の隊員が自刃を決行し、唯一、飯沼貞吉(いいぬま さだきち)のみが生き残ったのだそう。

飯沼は、晩年になるまで、このときのことを話したがらなかったとか。

でも、彼が重い口を開いてくれたおかげで、白虎隊の悲劇が後世に伝わっているのですね。

白虎隊ってどんな部隊?なぜ、結成されたの?

白虎隊は、会津戦争の際に(戊辰戦争の中で特に会津で起こったもの)、会津藩に所属する16〜17歳の武家の子息たちで構成された部隊。

年若い少年たちが所属していることもあり、白虎隊は予備兵力として組織されたものだったのですが、厳しい会津戦争の中では、少年兵たちの投入もやむを得なかったようです。

1868年6月に始まった白川口の戦いから約2ヶ月、いよいよ戦闘は会津若松城下にまで及びました。

別の場所で戦っていた白虎隊は、市街から少し離れた飯盛山に逃れてきたいたのですが、城下町で発生した火災を落城と見間違え、自刃することを選んだと言われています。

自刃に至るまでには、隊員同士の激論もあったようで、お城が落ちてしまった→即、自刃という単純なものではないようです。

でも、いくら武士の時代とは言え、10代半ばの少年たちが自ら命を絶つという決断を下すには、相当な精神力を必要としたのではないでしょうか。

なんとも切ないお話です。

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飯盛山には白虎隊記念館も!中腹にあるさざえ堂もぜひ!

白虎隊の隊員たちが自刃した飯盛山には、白虎隊記念館があります。

こちらでは、白虎隊を始め、会津藩に関係のある人たちに関する資料の展示がおこなわれているそう。

山頂には、8月23日に自刃した19名の白虎隊士たちのお墓と各地で戦死した隊士31名のお墓があります。

また、飯盛山の中腹には、国の重要文化財に指定された「さざえ堂」というお堂もあり、こちらを目当てに訪れる方も。

さざえ堂は、内部が2重らせん状のスロープになっているというユニークな構造。

下から上へ、上から下へという通路が一方通行のおかげで、参拝者がスムーズに移動できるのだそう。

飯盛山の白虎隊士たちのお墓に手を合わせたあとは、ぜひ、さざえ堂にも足を運んでみてくださいね。

まとめ

幕末の歴史、特に、新選組が大好きな私。

もちろん、新選組に縁の深い会津藩びいきでもあります。

以前から、会津に行ってみたいなぁ…と思っていたところに、東日本大震災が発生してしまい…。それ以降、なかなか、福島を訪れる機会がないままになっています。

会津に行くなら、飯盛山はもちろんですが、(会津)若松城にも行きたいし、近藤(勇)さんのお墓にも行っておきたいところ。

白虎隊や新選組に思いをはせつつ、いつか会津の地を訪れることができる機会を作りたいと思います。

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