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【稀勢の里】の年齢や身長は?力士の中では大きいの?出身高校も気になる!

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2017年を迎えた大相撲初場所(1月場所)で第72代横綱が誕生する場所となりました。その方は稀勢の里。

初場所優勝後の1月23日に横綱審議委員会で全会一致で横綱に推挙され、1月25日に正式に決定されニュースや新聞などで、様々取り上げられていましたので、聞いた事がある人は多いのではないでしょうか?

さて、稀勢の里はどんなお相撲さん?と言う方のために、今回まとめてみました。

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稀勢の里のプロフィールは?年齢や身長

稀勢の里関の本名は「萩原 寛」といいます。ちなみに稀勢の里の読み方はキセノサトです。

では簡単にプロフィールなどを紹介しますね。

稀背の里のプロフィール

  • 生年月日:1986年7月3日(30歳)
  • 番付:第72代横綱
  • 身長:188cm
  • 体重:175kg
  • 所属部屋:鳴戸部屋→田子ノ浦部屋
  • 得意技:左四つ・寄り・突き・押し・左おっつけ
  • 趣味:スポーツ観戦(アメフトなど)

稀背の里の生まれは兵庫県芦屋市ですが、2歳で転居して幼少期を茨城県龍ヶ崎市で過ごしています。

中学校2年生の時にはお隣の牛久市に転居しますが、龍ヶ崎の中学校に通っていたことから、テレビでも龍ヶ崎市が取り上げられていたんですね。

中学校の時は野球をやっていて東北楽天の美馬選手と対戦した事もあるとか、常総学院から勧誘もあったそうですが、「野球は上手くない」と言って断ったと言う逸話も・・・高校には進学せずに鳴戸親方の説得で入門したそうです。

数々の記録

  • 十両昇進:入門後 1年9ヶ月 (貴乃花につぐ年少2番目の記録)
  • 新入幕: 十両昇進から6ヶ月(貴乃花に次ぐ年少2番目の記録)
  • 初の3賞:19歳2ヶ月の若さで受賞(貴乃花、白鳳に次ぐ史上3位の年少記録)
  • 三役昇進:19歳11ヶ月で三役(貴乃花、北の湖、白鵬に次ぐ史上4位の年少記録)

入門してから約3年間は、貴乃花に次ぐスピード記録は目を見張るものがありますよね。生まれ持った能力がまさに花開いた時期だったのではないでしょうか?!

優しい少年時代?

幼少の頃から体は大きかったそうですが、幼稚園の時は「お昼寝が嫌いで、外遊びに熱中、ガキ大将のタイプでなく友達と一緒に仲良く遊ぶ子だったようです。

また、こんなエピソードもありました。

小学校の時には、友達の筆箱が捨てられてしまったのを聞いて可愛そうに思い涙ぐんでしまう。

野球でキャッチャーをしていた稀勢の里が、走者とホーム上のクロスプレーになった際に、走者の子が弾き飛ばされ「痛い、痛いっ」と泣き叫んでいたのを見て、「僕は何もしていないのに・・・」と落ち込んでいたなど、やさしい少年だったと知る事ができます。

気は優しくて力持ちでキャッチャーで、ドカベンの山田太郎みたいですね?!

こんな体格にも恵まれやさしい心を持った稀勢の里は、入門当初は躍進しましたが、新入幕を果たした後から、今回の横綱昇進まで10年を要しました。

一部の人からは「気持ちが優しすぎるから・・・」「勝負士としては優しすぎると・・・・」と、言われ続けたのですが、苦労した10年間とはどんなものだったのでしょうか。

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稀勢の里は晩成型?

新小結になったのは20歳になる前の時、30歳で引退した貴乃花を例にすると一般的に早熟型と思われた稀勢の里でしたが、30歳での横綱昇進となったのです。

横綱昇進までの10年間、稀勢の里に何があったのかをまとめてみました。

小結昇格から5年間

小結に昇格してから約5年間は勝ち越しと負け越しを繰り返し、前頭~関脇の中に名を連ねていました。

師匠の急逝

2011年に初の大関挑戦のかかる11月場所直前、師匠鳴戸親方が急逝。

部屋名の変更(鳴戸部屋→田子ノ浦部屋)

鳴戸親方の急逝を受けて部屋名を変更し、田子ノ浦部屋へと所属部屋が変更。

大関昇進

2011年11月場所(10勝5敗)で新大関昇進(新入幕から所要42場所での大関昇進は史上5位のスロー記録)

横綱昇進の失敗

大関昇進後、2015年まで2度の綱とりに失敗

 

稀勢の里は、20歳~30歳の10年で5年間かけて大関昇進し、大関昇進から更にゆっくりと横綱に上りつめた事がよくわかりますよね。

2016年は、

  • 「白鳳の連勝記録を止め」
  • 「年間最多勝」
  • 「4場所連続の準優勝」
  • 「10場所連続の二桁勝利」

と横綱昇進に向けた実績を積み、そして2017年初場所「優勝」と言う成績から、第72代横綱になりました。

日本人横綱の誕生は19年ぶりとなるそうで、「若乃花」・「貴乃花」の時代ぶりなんだそうです。あの頃は若・貴ブームとかもありましたが、若い方知っているでしょうか?!

でも、そんなに長い間日本人横綱が誕生しなかったんだな~と思いますよね。

まとめ

今回は、第72代横綱 稀勢の里関をご紹介しました。

相撲自体国際化がどんどん進み、また日本人力士の入門数自体が減少していると聞きますが、やはりメディアも我々も日本人の横綱が居てこその相撲だと感じているのではないでしょうか。

「気は優しくて力持ちの横綱 稀勢の里関」を是非とも応援しましょう。早熟なのか晩成なのかは、これから結果でわかるかと思いますが、今我々は平成の大横綱になってくれることを願っています。

  • 子供の頃から恵まれた体格で、小学校・中学校と野球をやっていた
  • 鳴戸親方の熱心な説得で、鳴戸部屋に入門
  • 入門から3年間で(史上4位の年少記録)三役昇進を果たす
  • 三役初昇進後、10年間は苦労と綱とり失敗の経験
  • 2016年の取組の安定性と2017年初場所の優勝を機に「横綱昇進」

 

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